2015年1月1日木曜日

頌 春


新年明けましておめでとうございます。
今年は「未」「羊」。
 
旧年に増してのご厚誼のほど、よろしくお願い申し上げます。
 


2015年 元旦、施設屋上からの日の出です。
遠方に、日本製紙の煙が見えます。

「ひつじ」の年明けです。 
 
    今年も新年を迎え、清新な志で日々をお過ごしのことと思います。今年は、干支の組み合わせ32番目、乙未(きのとひつじ)に当たり、陰陽は「陰」ということになります。  

 「未」は、「昧」を意味し、本来は暗い、植物が鬱蒼と茂って暗く覆うこととされ、果実が熟して滋味が生じた状態を表しているとされます。慣れ親しんだ「羊」という字は、後年、覚え易くするために割り当てられたとも言われています。

 現代ではむしろ、「羊」の字が一般的で、今年の年賀状も、多くの方々が「羊」の絵柄を使ったことと思いますし、「未」が本来の意味だと聞いて、むしろ違和感を覚えた方も多かろうかと思いますが、これも時代の変遷と言う事でしょうか。

   「羊」はイメージ的に、優しいとか、ふわふわしているようなとか、何となく包み込むような、穏やかな印象を受けますが、そこは動物。洋很狼貪の如く乱暴な羊もいれば、ノルウエーの昔話三びきのやぎのがらがらどん』で登場する狡猾な羊もいます。人間もいろいろですが、羊もいろいろです。

 日本では、現在、16,000頭飼育されていると言われています。この数字は、羊毛の主要国である、オーストラリアの12千万頭や、中国の13千万頭には遠く及ばず、いかに少ないかが理解できるかと思いますが、何故、日本では羊の飼育が広がらなかったのかを振り返ってみると、羊毛の品質が落ちるため舎飼ができなかったことや、高温多湿の気候に適さなかったとか、あるいは、牛肉と異なり、臭気がきつく、食料として需要が少ないことなど、いろいろと言われていますが、昔から、日本人と生活を共にしてきたと思っていた私にとっては、意外や意外。
 さらに歴史をたどると、文献による初見は、推古天皇の御世に羊2頭が百済から献じられ、さらに嵯峨天皇の御世に白羊4頭と黒羊2頭が新羅から献じられたとあります。
   安土桃山時代や江戸時代では、毛織物の生産が盛んになりましたが、江戸の大火で衰退消滅してしまい、漸く明治時代になって輸入が増え、国内でも飼育の機運も高まったものの、知識と技術の未熟さで失敗の憂き目を見ることになり、さらに2度の大戦では、毛織物の受容が爆発的に増え、特に第二次大戦後の食糧不足と衣料不足により、過去最高の飼育数に到達するも、その後の経済成長により、輸入製品が安くなり、国内の生産は一機に低下し、今日に至っているとのことでした。
 この羊の歴史を見ると、馬や牛のように、何時の時代でも平均して飼育されていたわけではなく、むしろ、人間の都合により飼育され、その時々の時代背景によって生殺与奪を繰り返してきた、可哀そうな動物であったことが伺えます。                                                                     
 人間の都合により翻弄されてきた、「メエ~」としか言えない羊の心象は、推し量るべきものもありませんが、その鳴き声や、ゆったり歩むその姿は、時間に追われて過ごす我々に、もっとゆっくり歩けと言っているのかもしれず、また、そこに潜む生きるための機知の内在を知るにつけ、生きると言う事は、硬軟併せ持つ術と、清濁を分かつ度量が必要であることを教えてくれます。
 毎年干支をめくる際に思うに、動物に例えた宇宙観は、我々の生き様を暗示してくれますが、今年の干支は、「羊」。せっかく迎えた未年、今年ぐらいは、ゆったりと行きたいものと考えつつも、羊質虎皮にならないよう注意しながら、今年も過ごしたいと思います。
                                                <施設長 千葉>
                                             
雪景色の上品山です。
                        
                       

                                           


 

0 件のコメント:

コメントを投稿